シアル酸研究会の経緯

シアル酸は、1936年にスエーデン、ウプサラ大学のグンナー・ブリックスが顎下腺ムチンから一種の結晶性物質を分離し、1952年にその一門により Sia1ic acid と命名されたものである。1942年にドイツ、ケルン大学のエルンスト・クレンクが脳の糖脂質であるガングリオシドの成分として分離し Neuraminsäure の誘導体であることを明らかにした。

シアル酸研究会会長、学士院会員山川民夫先生は終戦後、まだ日の浅い1950年、ウマの赤血球膜からビアルの試薬で赤紫色を呈する糖脂質を分離して、これを“ヘマトシド”と名付け、メタノリシスして“ヘマタミン酸”を得た。この物質はビアル試薬やエールリッヒ試薬に陽性で,山川は後年、ヒト赤血球と比較検討して、グリコリルノイラミン酸であることを見いだし、人と馬とではシアル酸が異なることを発見した。その後、狼も同じグリコリルノイラミン酸であることを見いだし、犬の品種分類の一法となった。

1957年、シアル酸という呼び名を総称名とすることに決まったが、ヘマタミン酸と呼ばれることになったかも知れなかった。

これらの研究は我が国のシアル酸研究の先駆けとなって、山川会長の「文化功労者」への推挙、また、国際シアル酸カンファレンスでの「 Lifetime achievements in Sialoglycoscience 」の受賞につながった。

最近になって、シアル酸に関する研究は急速に世界中に広まり、細胞工学の基本問題となってきた。例えば、Sialyl Lewis X は細胞表面の修復に関与して、抗炎症剤や制ガン剤の開発に大きく関わっている。また、各種のシアル酸誘導体—グリコリポイド—にはガンの転移を抑制するものや、神経細胞を伸展してアルツハイマー症の治療予防が期待されるものがある。

インフルエンザは文明の進んだ今日でも、ときとして世界的な大流行があり、多くの人命が奪われている。1961年にはすでに燕窩ムコイドが各種のインフルエンザウイルスのノイラミニダーゼに活性であることが報告されているが、Mark von Itzstein 教授はシアル酸の誘導体である[ザナミビル]を合成してインフルエンザ特効薬を開発した。インフルエンザに弱い子供や高齢者にとって朗報で、トリインフルエンザなどに応用出来る新薬である。

シアル酸研究会は1980年、地道な勉強会として発足した。その後、多くの研究者の参加を得て発展し、1985年と1986年には丁度来日していた糖質関係の学者を招待して国際会議を開いた。更に、1988年には未だに東西ドイツの壁が厳存していたベルリンの日独センター(旧日本大使館)のこけら落しとして、日本とドイツの学者を中心として大きなイベントを開催した。この会議は4日間に亘り学術的水準の高い歴史的なものであった。

現在では日本糖質学会ポスター賞をはじめ、国内外の種々の糖質関係の学術集会を後援する活動を続けている。さらに日本糖鎖科学コンソーシアム(JCGG)谷口直之会長のお陰で「山川民夫賞」が設定され、長く山川会長の名誉を顕彰できることになった。まことに喜ばしい事で今後とも長くご支援のほどをお願いする次第です。