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JCGG事務局
(独)理化学研究所 
グローバル研究クラスタ
システム糖鎖生物学研究グループ

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理事長あいさつ

糖鎖科学コンソーシアムに期待するもの

日本糖鎖科学コンソーシアム(JCGG)
理事長 永 井 克 孝

平成15年11月4日に、第1回糖鎖科学コンソーシアムシンポジウムが、本コンソーシアムの発会式をかねて東京コンファレンスセンターにおいて開催されました。それから今日まで月日が流れましたが、その間にあっても糖鎖研究は加速度的に進んでいます。シンポジウムには予想を大幅に超える参加者があり、それが大きな刺激と励ましとなって今日の第2回シンポジウムの開催となりました。本コンソーシアム設立の経緯と理念などの詳細については、第1回シンポジウム要旨集に記されています。

平成14年以来、日本糖質学会は糖鎖科学研究拠点・コンソーシアムを構想し、ワーキンググループと理事会が中心になって検討してきました。その具体化が現在進行しつつあるわけです。その狙いとするところは、核酸、蛋白質に次ぐ第3の生命鎖として糖質がその意義を深めつつある現在、国際的に優位を保持してきた日本の糖鎖科学技術をしてそのリーダーシップを堅持させると共に、更なる発展を実現し、その成果の社会への積極的な還元を実現しようというものです。したがってポストゲノム解読後の時代に入りつつある現在、わが国が糖鎖関連遺伝子の約半数の解読に成功していることは、日本の大きな知的資産です。この資産を今後どのように産学官の緊密な連携を通して活かすかは、本コンソーシアムの重要課題のひとつでしょう。

糖鎖には、他の生体分子とは一味異なった、特有の驚くべき構造多様性と多細胞生物としての発現多様性があります。その生命科学上の意味を解明することは糖鎖科学の目標のひとつです。たとえば、遺伝子の発現ネットワーク機構(フェノーム)について今後明らかになる今までにない高次かつ動的な機能構造において、糖鎖が果たしている役割の解明が課題となります。新しい分子系統進化学によるアプローチをも加えて、生物および分子の種多様性生成の基本機構を解明しようというポストゲノム解読後の中心課題において、その解明への鍵を糖鎖科学が握っているという自覚は極めて重要です。それは生物多様性の問題、遺伝子型と表現型の間に横たわる偉大な暗闇(ゲノム対フェノームの課題)に光をあてることでもあります。発生や再生の問題、ひいては生命・細胞における環境(場)の問題に連なるものでありましょう。

多様性を細胞レベルでみた場合、細胞の表面を覆う糖鎖は細胞の顔分子とも云えましょう。人ひとりひとりが異なった顔をもつように、異なる細胞は異なる糖鎖の顔をもちます。しかしこの顔は単なるマーカーとしての顔にとどまるものではありません。この顔を通じて遂行される細胞間相互作用の重要性は、細胞の置かれた場を中心に展開する発生(形態形成)や再生、免疫とその異常、癌化、生活習慣病、更には脳の高次機能の発現と統御機構などにもおよぶものとして、注目されます。

いわば糖鎖の意義は、細胞の集団的存在、つまり細胞社会とその機能に求め得ると云ってよいでしょう。一個一個の他から孤立した細胞でなく、集団として階層的かつ動的な秩序によって統御される機能構造が、すなわち細胞の社会学的原理の解明こそが、糖鎖生物学の取り組むべき重要課題でしょう。

これを可能にするには、超微、精密、迅速な構造解析技術、画期的な新合成技術、情報科学などを主体とする従来にない糖鎖科学技術の開発などを必要とします。糖鎖生物学と糖鎖工学、この両者を相互補完的に進展させることが、新分野の創出をもたらすものと考えられます。

このような多領域、多分野にわたる糖鎖研究に緊密な横断的連携をもたらし、新しい融合科学として新生させる為には、産学官連携を主体とする司令塔としての糖鎖科学コンソーシアムの緊急な導入と、インフラ形成と若手研究者育成を中核とした先端的糖鎖研究拠点の樹立とを必要とします。これをぜひとも実現させたいものです。

ヒトの体は40兆個もの細胞からできている細胞集団です。その集団は単なる集まりではなく細胞→組織→臓器→個体といった、「生命」というはかりしれぬほど高度な秩序のもとにある動的な細胞社会です。この秩序は、動的かつ安定的な高次の遺伝子発現機構によって裏打ちされた、細胞の間の特異な相互作用によって形成され、統御されており、健康はこの秩序の維持を意味し、病気の多くはこの秩序の乱れによるものと考えられます。この秩序に関して、細胞の表面を覆う糖鎖は極めて枢要な役割を果たす存在です。「生命」の謎の根幹となるこの神秘的な未知の領域を拓くために、以上にのべたような細胞社会学的な視点をもって、更に新たな糖鎖研究が総合的に進むことを衷心から期待しています。

参考文献 1)
崩れるゲノムの常識 上:「ジャンクに隠れていた事実」、W.W.ギブス、日経サイエンス2004年2月号、20〜29頁;
同  下:「DNAを操る未知の演出家」、W.W.ギブス、日経サイエンス2004年3月号、42〜51頁。
2) 「遺伝子はどのように多様な生物を作ったのか」、宮田隆、日経サイエンス2004年3月号、52〜59頁。

(第2回JCGGシンポジウム要旨集における理事長あいさつ)